蛍来よわがこしらへし白露に  一茶

この俳句に出会ったのは、「のこす言葉 金子兜太 私が俳句だ」平凡社 を読んだときでした。金子兜太さんの俳句には体の奥底から出てくる言葉を感じることがあり、図書館でこの本を見つけたときには自然と手が伸びて借りてきました。金子兜太さんが埼玉県秩父の皆野で過ごした話のなかで、「生きものの感覚をもって生きる」に続く「土を踏んでそこに立つ」の項で次のように書かれています。抜粋して紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・(抜粋)

土を踏んでそこに立つ

 以前、鶴見和子さんが「踊りでも俳句でも短歌でも、日本文化はすべていのちとつながっている。つまりはそれがアニミズムだ」と言ったとき、私は思わず膝を打った。
 自然はもっともおおいなる生命体であり、それを母体に、日本文化は生まれてきた。だから日本文化とアニミズムはつながっているんだ、と言っておられた。

 アニミズムの話でいうとね、小林一茶は「六十歳で俺は荒凡夫になりたい」と言っておるのです。「荒」とは、私の解釈では「自由」だ。自由で平凡は男になりたい、とこう言っているわけです。
 芭蕉なら「自分は翁だ」となるけれど、一茶は「愚の塊の平凡な男だ」という。本能の自由なままに生きていく男というのは、はたからみれば俗物です。それでも一茶は珠玉の句をつくる。なぜなら、彼は生きもの感覚に優れているんです。アニミズムに支えられているんだ。一茶はアニミストだったと思います。
 一茶の残した句に、こういうのがあるんですよ。

 蛍来よわがこしらへし白露に

 これは一茶が長女を亡くしたときに詠んだ句でしてね。白露というのは儚くて、無情の塊です。それをなめていたわってください、と蛍に呼びかけている。生きるものに対する素手のいたわりと言うべきかな。これがアニミズムの根本だと思うのです。

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 金子兜太さんは、一茶を紹介し続けた人でもあるそうです。金子兜太さんが最後に語った内容が紹介されているこの本で一茶の句に出合いました。

 私がこの句に惹かれたのは、秋に、季語である「白露」の句を作ろうとしたもののできなかったという経験があるからでした。季語に「白露」という言葉があるのを知り、早朝の「白露」を見つけその美しさと存在に驚き、何日も白露を探して見ていたのですが、句を作ることが出来ませんでした。


「白露」について「俳句歳時記 秋 第5版」(角川書店編)では次のように紹介されています。
「白露  二十四節気の一つで、九月七日ごろにあたる。露が凝って白くなる意」

次には「季節の兆しカレンダー」石井郷子監修 ダイヤモンド社 の記述です。
「白露  9月7日~9月22日頃
   草花に降りた朝露が、日を浴びて白く光る頃。早朝の冷えた地面や草花に接して、空気中の水蒸気が水滴になったものが朝露です。昼間はまだ暑くとも、朝晩がひんやりしてくると発生しやすくなります。そんな秋の澄んだ空気には、せきれいのさえずりが一際高く響きわたります。一方、いつの間にか姿を見かけなくなるのがつばめです。つばめは夏鳥なので、気温が低くなると南へ帰っていきます。日に日に秋が深まるのを実感するような節気です。

草白露  9月7日~9月11日頃   七十二候
    草に降りた朝露が、白く光って見える頃。この時期になると、朝夕の涼しさがだいぶはっきりしてきます。朝露は、季節の変わり目を示すしるしと捉えられてきました。」

「白露」は朝の少しひんやりした気持ちよい空気の中で生まれ、みることができます。日が高くなるといつの間にか消えてしまいます。そして、季節が進むと、朝露が生まれることもなくなるのでした。白露の光りは、この地球が、大地と空気と自転する星の営みが光りとともに草花とともに見せてくれるいのちの光でした。

「白露」ということの自然の営みをみつけ、言葉にした先人たちの観察力と感性に大きなものに出合ったような尊さを感じました。そして、なんとか句にしたいと思ってみたのですが、残念ながら、つくることができませんでした。とってつけたような句しかできなくて、とうとう今はこの「白露」で句を作るそのときではないのだと思うようにしたのでした。

 蛍来よわがこしらえし白露に  一茶

「蛍」「白露」の季節が合わないことなどを吹き飛ばしてしまう、この句の「白露」の存在に愛しくて愛しくて心が震えます。ここで季語の季節が「蛍」は夏、「白露」は秋、ということは俳句初心者が語るには大きすぎるテーマになるのですが、「わがこしらえし白露」となる白露がいのちと重なることを捉えることで、白露の存在が表す儚くも尊いいのちの姿がありありとしてきます。そこに深く惹かれた私がいました。


    
    

 

投稿者

管理人あかいほっぺ

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