普段、私たちは、なにげなく色んなことを考えているものです。気が付くと忙しく頭の中で言葉が紡ぎ出されています。言葉で考えることは大切なことなのだけれど、言葉で考えることに忙しくなって、言葉が表すもとにある感覚とそこにつながる「感じ」を忘れていることがあります。
ときどき、そんな私たちに、自然は、感覚を頼りに行動してみるとき、面白い体験をもたらしてくれることがあります。
今日、私は、なんとなく外へ出てみたくなりました。外へ出てみると、空に面白い雲がありました。雲に羽根が生えたような、フリンジが付いたような、そこに光が虹彩を薄くつくっています。
なんてきれい。
透き通るような光のきらめきが心を満たしました。
これをカメラで撮ってみよう。
そう思ってカメラを雲に向けた時、とても眩しくて見ることができませんでした。
眩しすぎて、フレームに入っているかどうかを確かめることができません。ピントが合っているか見ることもできません。
いいや。見ないで撮ってみよう。
カメラに任せてやってみることにしました。
どんな写真になるか。。。フレームから外れているかもしれない。ぶれているかもしれない。
写真を見た時に、驚きました。光が思いがけない姿を見せていたのです。光がカメラのレンズを通して見せてくれた喜びでした。
自然は 呼びかけている
なんとなく、そんな感じがした
それを 受け止めてみると、「ああ これを見ることができた」と思えることがよくあります。
なんとなく見上げた空に虹があるときも。
雲が天気の変化を教えてくれているときもあります。
ふと小さな花がひらきかけているのを見ることがあります。なんとなく目がそれを捉えた。そんな時『こんなに小さないのちがひらこうとしている』と、生きる力を感じさせてくれることがあります。
それを捉えることができた自分がいるのです。
感覚に信頼をおくことができるという体験、自分の感覚をそのまま信頼する、その体験の積み重ねになります。
まず、自分自身の感覚を大切に感じてみることから、この世界・自然・地球に出会う体験があります。